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《02−3》共同相続された銀行の普通預金、ゆうちょ銀行の通常貯金、定期貯金の各債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。

  平成28年12月19日 大法廷決定  重要度 ◎

  参照条文:民法898条 899条 427条

 

―判例の要旨―

1 銀行の普通預金、ゆうちょ銀行の通常貯金の各債権は、いずれも、口座において管理されている1個の債権で、共同相続人が全員で解約しない限り、その残高は常に変動し得るものの、同一性を保持しながら存在するもので、各共同相続人に分割されることはないと解される(決定の理由4、(2)のア)。

2 ゆうちょ銀行の定期貯金債権は、一定の期間払戻しをしない条件で預入するものであるところ、払戻しを制限する趣旨は、大量の事務処理を迅速かつ画一的に処理するための、事務の定型化、簡素化を図ることにあるものと解される。仮に、定期貯金債権が相続により分割されると解すると、定期貯金に係る上記事務の定型化、簡素化の趣旨に反することとなるため、各共同相続人に分割されることはないと解される(同(2)のイ)。

 

― 解 説 ―

1 本件は、次の事案での遺産分割事件に対する大法廷の決定です。

2 相続の内容

(1)被相続人Aの相続人

X(養子)とY(代襲相続人)の2名(但し、決定文からは事実関係が明確ではないため、相続分は各2分の1とします)

(2)Aの相続財産

@不動産(価格合計約260万円)

A銀行の普通預金、ゆうちょ銀行の通常貯金、定期貯金合計約4千万円

(3)Aの生前贈与

Yに対し5千5百万円

3 原審大阪高裁の判断等

(1)原審大阪高裁の判断

・預貯金等(上記(2)A)は、相続人XYが、相続開始と同時に当然に相続分に応じて各約2千万円ずつを分割取得しており、遺産分割の対象とはならない。

・不動産(上記(2)@)は、Yには5千5百万円の生前贈与があるため、Xの取得とする。

と、本件大法廷決定前の最高裁の判例どおりの判断をしました。

(2)これに対し、Xが、原審判断は、相続人間の公平が保たれていないとして抗告し、最高裁は、前記判例の要旨に記載どおりに判断して、本件を大阪高等裁判所に差し戻しました。

4 民法の規定

(1)民法第5編(相続編)には、以下のような規定があります。

第896条(相続の一般的効力)

相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。

第898条(共同相続の効力)

相続人が複数あるときは、相続財産は、その共有に属する。

第899条(同)

各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。

これらの規定によれば、一切の相続財産が共同相続人の共有となり、全て分割の対象となるかのように読めます。

 

(2)他方民法第3編(債権編)には、以下のような規定があります。

第427条(分割債権及び分割債務)

数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う。

   この規定の趣旨は、分割可能(これを以下、「可分」と表示します)な債権や債務につき、数人の債権者、債務者がいる場合は、分割を要せず、当然に、かつ平等に、分割され帰属する旨を定めたもので、これを相続に適用しますと、預貯金等の可分な遺産は、相続開始と同時に相続人に、その法定相続分に従い当然に分割されて帰属し、遺産分割を必要としないことになります(他に例えば、遺産として不動産があれば、その不動産については遺産分割の協議をすることになります)。

5 民法第427条は債権編の規定であり、相続編の規定ではないため、相続に関しては相続編の規定のみを適用していれば、混乱もなく経過してきたと思うのですが、我国裁判所は、最高裁の前の大審院の時代から可分債権については当然分割帰属説を採り(最高裁判例解説昭和29年度P.62)、最高裁になってからも、昭和29年4月8日の判決で、「相続人数人ある場合において、相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する」(同判例解説P.61−以下「昭和29年判決」といいます)と当然分割帰属説を採用しました(但し、この判決で可分とされた債権は、預貯金ではなく、損害賠償債権でした)。

6 昭和29年判決は、現在も判例として事実上の拘束力を有していますが、一方において遺産分割の実務においては、本件大法廷決定も言及していますとおり(決定の理由4の(1))、遺産分割に際して「調整に資する財産」(注)、即ち金銭が必要とされますところ、預貯金も、金銭に代わる調整財産として重要な役割を果たしており、仮に預貯金については当然分割帰属説を主張されますと、調整財産がなくなり、遺産分割のスムーズな進行が大きく阻害されることになります。

 

 注:例えば、遺産に甲と乙の不動産があって甲の価格が高い場合に、これを相続人ABで分割する場合、Aには甲不動産を、Bには乙不動産+金銭又は預貯金を、というように、価格の調整に資する財産のことをいいます。

7 以上の次第で、遺産分割のスムーズな進行のための調整財産は是非とも必要であり、昭和29年判決の存在を前提として、遺産分割の実務を担う家庭裁判所も、又最高裁としても、いかにして預貯金を遺産分割の土俵へ取り込むかに苦慮した結果、家庭裁判所は、「共同相続人全員の同意があれば、預貯金を遺産分割の対象とすることができる」との実務の取扱いを確立させ、一方最高裁は、詳細次項に記載のとおり、個別の遺産毎に「当然の分割帰属性」を否定するという方法で判例を積み重ねてきました。本件大法廷決定も、最高裁の判例の積重ねの一環と位置付けられます。

8 最高裁が、個別の遺産毎に「当然の分割帰属性」を否定した判例の詳細は、以下のとおりです。

(1)現金に関する平成4年4月10日判決

   遺産である現金を保管している相続人に対し、遺産分割未了の時点で他の共同相続人が、自己の相続分に対応する現金の支払いを求めた事案につき、最高裁は、分割未了の時点では、現金は、各共同相続人に当然に分割帰属するものではなく、共有状態にあるとして、当該請求を棄却した原審の判断を是認しました。

   民法第427条は、「債権・債務」に関する規定で、現金については規定されていませんので、相続に関する同法第898条(共有の規定)が適用されたものと思われます。

  ⇒ 《03》

(2)定額郵便貯金に関する平成22年10月8日判決

   定額郵便貯金は、一定期間の払戻しが制限されているところ、この趣旨は、大量の事務処理を迅速かつ画一的に処理するための、事務の定型化、簡素化を図ることにあるものと解され、仮に、定額貯金が相続により当然に分割帰属すると解すると、定額貯金に係る上記事務の定型化、簡素化の趣旨に反することになるとして、各共同相続人への当然の分割帰属性を否定しました(最高裁判例解説平成22年度(下)P.589590)。

     定額郵便貯金は、郵政民営化法の施行により廃止され、本件大法廷決定で判断されていますゆうちょ銀行の定期貯金に引き継がれており、本件大法廷決定も、上記と同様の判断をしています。⇒ 《02−2》

(3)投資信託受益権、個人向け国債に関する平成26年2月25日判決

   上記2種類の債権に関し、共同相続人への当然の分割帰属性を認めた原審を破棄し、それを否定した判決です。

   当然の分割帰属性を否定した理由ですが、@投資信託受益権に関しては、当該権利が単純な債権ではなく、償還金及び収益分配請求権の外、信託財産に関する帳簿書類の閲覧・騰写権も含まれており(投資信託及び投資法人に関する法律第6条3項、第15条2項)、当然に分割帰属することはないとし、A個人向け国債に関しては、一定額(1万円)をもって権利の単位が定められ(個人向け国債の発行等に関する省令第3条)、1単位未満での権利行使が予定されていない債権の内容・性質に照らせば、当然に分割帰属することはないとしています(最高裁判例解説平成26年度P.7980)。

(4)なお、株式については、旧商法(第203条2項)及び会社法(第106条本文)に「株式の共有」に関する規定があり、そのため、分割帰属性は当然に否定され、共有として扱われています(例、最高裁昭和45年1月22日判決、同判決に関する判例解説昭和45年度(上)P.22)。

(5)以上のような判例の積重ねの延長線上でなされたのが、本件大法廷決定です。

(6)(本件大法廷決定後)定期預金、定期積金に関する平成29年4月6日判決

   上記2種類の債権に関し、本件大法廷決定の定期貯金に関する判断と同様の理由により、共同相続人への当然の分割帰属性を認めた原審を破棄し、それを否定した判決です。

9 本件大法廷決定の射程

  遺産に関し、最高裁が当然の分割帰属性を否定してきましたのは、6でご紹介した判例からも明らかなとおり、いわば金融資産のみであり、可分債権一般ではありません。本件大法廷決定も、銀行の普通預金、ゆうちょ銀行の通常貯金、定期貯金につき判断したもので、可分債権一般については何も触れられていません。

 本件決定は大法廷での決定であり判例変更が前提とされていますが、変更されたのは、旧郵便局の「貯金」に関し当然の分割帰属性を認めていた平成16年4月20日の最高裁判決(本件大法廷決定の見解と異なるその他の最高裁判決を含みます)のみであり、可分債権一般に関する判例の変更はありませんでした。

 それでは、本件大法廷決定の射程はどの程度に及ぶのでしょうか。東京家庭裁判所は、本件大法廷決定及び前記6の(6)、大法廷決定後の最高裁判決も踏まえ、その射程を、「金融機関で扱う全ての預貯金に及ぶ」と理解した、とされています(日弁連「自由と正義」2017年7月号P.17)。従いまして、前記6に記載の債権に加え、預貯金は、今後は、当然の分割帰属性は否定され遺産分割の対象となりますが、それ以外の可分債権、例えば、昭和29年判決で対象となった損害賠償債権や賃料債権、報酬請求債権等につきましては、昭和29年判決が、現在でも判例として事実上の拘束力を有していますので、共同相続人全員の同意がない限り、当然の分割帰属(遺産分割不要説)を前提とせざるを得ません。

 

10 本件大法廷決定の問題点

(1)冒頭の判例の要旨1で述べたとおり、普通預金、通常貯金は、残高は常に変動するものの、口座で管理されている「1個の債権」(従って、分割できない債権)とされています。としますと、例えば、遺産である賃貸中の不動産に関する相続開始後に発生した賃料が当該口座に振込まれ、残高が増加した場合、次の問題を生じます。

 @ 増加した賃料は、「遺産」といえるか。

 A 遺産ではないとした場合、それを遺産分割の対象として共同相続人間で分割できるか。

(2)上記問題点@につき、民法に遺産の定義規定はありませんが、同法第896条から判断し、遺産とは、「相続開始の時に、被相続人の財産に属した一切の権利義務」と理解でき、従って遺産は、「相続開始の時」に存在する財産をいうものと理解されます。

   としますと、相続開始後に発生した賃料は遺産ではないことになります。

(3)上記問題点Aにつき、普通預金、通常貯金は、分割できない1個の債権ですので、相続開始時の残高と、開始後の増加分を分けることはできません。普通預金、通常貯金は、1個の債権として遺産分割の対象とせざるを得ません。1個の債権の中には、遺産ではない財産も含まれていますが、分割の対象となります(当該口座の預金残高が多すぎる場合は、代償財産の支払いにより調整することになるかと思われます)。

(4)本件大法廷決定は、上記問題点@、Aにつき何も言及していませんが、大法廷を構成する裁判官鬼丸かおる氏は、本件大法廷決定についての補足意見で、筆者の上記(2)、(3)の考え方と同様に、「遺産ではない財産の遺産分割」を是認しています。

 

 

 

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